[비즈한국] 「青」に「蔦(蘿)」。春になると蔦が青々と茂る大邱の青蘿丘(チョンナオンダク)には、古き良き赤レンガの家々が仲睦まじく佇んでいる。似ているようでそれぞれ個性を放つレンガの家々は、築100年を優に超える近代文化遺産だ。元々はもっと多くの家があったが、今残っているのは3棟だけ。いずれも20世紀前後に大邱へやって来たアメリカ人宣教師たちが建てた建物である。

共同墓地の丘に根を下ろしたアメリカ人宣教師たち
アメリカ人宣教師たちが本格的に韓半島に入ってきたのは、1882年の朝米修好通商条約締結以降のことだ。開港場である釜山を経て大邱に来た宣教師たちは、青蘿丘に拠点を構えた。ここは元々、貧しい人々が葬儀も出せない遺体を埋葬していた場所だという。おかげで、これといった地元の反発もなく、異邦人たちが居を構えて家を建てることができた。「青蘿丘」という名前も、彼らが丘のあちこちに植えた蔦(つた)に由来すると言われている。
達句伐(ダルグボル)大路から丘を登ると一番先に見える建物が、ブレア(Blair)住宅だ。1901年に韓半島に来た宣教師ブレアが住んでいた家で、1910年頃に建築された。当時としては最先端の工法であるコンクリートを使って基礎を固め、地下室を作った上で、高い煙突を持つ2階建てのレンガ造りの家を建てた。特に目を引くのは、2階の切妻屋根の大部分を占める半円形のガラス窓だ。この窓は、2階にあるサンルームに自然光を取り込む役割を果たす。大きな窓は当然、換気にも有利だ。


ブレア住宅から少し離れたところにチャンピオン(Chamness)住宅がある。ここには宣教師チャンピオンだけでなく、アメリカ北長老会が設立した学校(現・啓聖中学校・高等学校)の校長レイナーや、病院(現・啓明大学東山医療院)の院長であるマペットなども住んでいた。当時アメリカのカリフォルニア州南部で流行したバンガロー風の住宅は、「人」の字形をした屋根の赤レンガの建物と平らな屋根の白い建物が調和し、独特な雰囲気を醸し出している。おかげで映画やドラマのロケ地としてだけでなく、建築分野の論文の題材としても人気だという。
チャンピオン住宅の下側には、四季を通して日差しが降り注ぐ「恩恵の庭園」がある。青蘿丘で暮らした宣教師とその家族ら14名の遺骨がここに埋葬されている。その中にはチャンピオン宣教師の幼い娘バーバラもいる。1927年に生まれたバーバラは、3か月で神のもとに召された。地域住民に農業や畜産を教えながら宣教活動をしていたチャンピオン夫妻は、1941年に日本によって追放されるまで毎日ここを訪れたという。日当たりの良い恩恵の庭園は、冬でも日差しが暖かかった。

3・1万歳運動の道に沿って近代文化路地を散策
恩恵の庭園の北東にあるスウィッツァー(Switzer)住宅は、女性宣教師マーサ・スウィッツァーが住んでいた場所だ。赤レンガの建物に韓屋の瓦屋根を載せた、韓式と洋式の折衷スタイルである。1907年に大邱邑城を取り壊した際に出た城石で基礎を築いた点も目を引く。家の周りには宣教師たちが初めて持ち込んだという西洋リンゴの木の3世木と、東山医療院開院100周年記念の鐘楼も見られる。独身を通し、18年間教育宣教に献身したスウィッツァー宣教師もまた、この恩恵の丘に眠っている。
現在、これらの住宅は、大邱の近代史を伝える博物館として使われている。ブレア住宅は教育歴史博物館、チャンピオン住宅は医療博物館、スウィッツァー住宅は宣教博物館となったが、残念ながら新型コロナウイルス感染拡大以降、すべて無期限で休館中だ。


大邱の近代を抱く青蘿丘は、大邱中区の路地ツアー2コースである「近代文化路地」の出発地でもある。100年ほど前の青蘿丘の松林の道は、大邱の3・1運動に参加しようとする学生たちが、日本の監視を避けて移動するための秘密通路の役割を果たした。今の松林の道は舗装道路となったが、「3・1万歳運動の道」という名前で、当時の精神を後世に伝えている。
3・1万歳運動の道に沿って青蘿丘を下ると、尖った2つの塔が印象的な桂山(ケサン)聖堂に出会う。ここは宣教師住宅より8年ほど早い1902年に竣工された。1899年に開館した韓屋の聖堂が火災で焼失した後、ゴシック様式の西洋式建物として再建されたものだ。当時大邱で活動していたロベール神父が自ら設計し、フランスから資材を取り寄せて建てたという。その後、数度の増築を経て、現在は大邱カトリックを代表する司教座聖堂として使用されている。

<旅行メモ>
青蘿丘
△位置:大邱広域市中区達句伐大路一帯
△問い合わせ:053-424-6407
△利用時間:24時間、年中無休
桂山聖堂
△位置:大邱広域市中区西城路10
△問い合わせ:053-254-2300
△利用時間:ミサの時間以外は聖堂の見学が可能
筆者ク・ワンフェは大学で歴史学を専攻し、『女性中央』、『フライデー』などで記者として勤務した。ランダムハウスコリア旅行出版チーム長として『世界を歩く』、『100倍楽しむ』などの旅行ガイドブックシリーズを総括した。現在は2人の子供を育てながら、子供たちに伝えたい歴史や旅の話を書いている。