[비즈한국] 「共にすることの価値」という言葉がある。10年ほど前、ある企業のイメージ広告に登場した言葉だ。共に歩む力が世界を変えられるという意味を込めた素敵なコピーである。共にすることは共感や疎通を意味し、この力によって新しいパラダイムを築くことができる。芸術も人々の共感を得たときに初めて価値を持つ。共感とは、時代精神と普遍的な芸術言語から生まれるものだ。「韓国美術応援プロジェクト」も、多様な人々の考えを分かりやすい芸術言語で伝えたいと考えている。シーズン10を迎えるにあたり、孔子が説いた「良い芸術は必ずや分かりやすいものであるべきだ」という考えを実践しようとする作家たちを応援する。

作家は作品を通じて自分自身の姿を見せる。ある者はありのままの姿をさらけ出し、またある者は自分の姿をしっかりと隠して「当ててみなさい」と言わんばかりの作家もいる。見せるべきところを適度に隠し、わずかにのぞかせる作家もいる。
あからさまに暴くような作品は、咀嚼する余韻を与えないため、後味が残らない。メッセージを押し付けるイデオロギー偏向的な作品に多い。大衆文化もこうした手法を好んで使う。
造形や概念といった「服」を纏って登場する作品は、見どころや読みどころがなく、考えあぐねた末に背を向けてしまいがちだ。鑑賞不感症に慣れた人々のための、論理の遊戯のようなものだ。抽象美術をはじめとする概念美術などがそれに当たる。
言うべきことと言わなくてもいいことを取捨選択して見せる作品は、噛み締めるべき点と深く読み解くべき点がバランスよく備わっており、鑑賞の妙味と想像の余地を与えてくれる。こうした作品は観客との対話を念頭に置いているため、作家はその分だけ研鑽を積まねばならない。馴染み深い形を通して自らの考えを投影する作業である。


絵画が持つ「形の力」がそれだ。事物の具体的な形を通じて、作家が伝えたいことを表現することを指す。この場合、事物の性質や形の特徴に、連想される考えやイメージを付け加えることになる。
例えばこういうことだ。ゴッホの死を予見したと伝えられる作品の中で有名なものに『カラスのいる麦畑』がある。ここに登場するカラスは、一般的に不吉な前兆を象徴するとされる鳥だ。黒い色と陰惨な鳴き声ゆえに、そう感じられる。
そのためか、多くの美術史家たちは、ゴッホが自分の死を予見してカラスを絵の中に描き入れたと解釈する。死んだ人の具体的な姿を描かなくても、カラスだけで死を表現することができる。これこそが「形の力」である。

パク・ヨンイルもまた、絵画においてこうした形の力を提示している。彼は「ポジャギ作家」として知られている。10年ほど前から頑ななまでにポジャギを描き続けてきた。彼はポジャギの機能と「結ぶ」という意味を通して、自身の考えを示している。それはどのような考えなのだろうか。
「私は高陽(コヤン)で20年ほど暮らしました。農村が崩壊し、新都市が建設される激変期をそのまま体験しました。そんな歳月の中で失われていく大切な記憶が切なかったのです。ポジャギは取るに足らないものに見えるかもしれませんが、誰かにとっては大切なものを一まとめにして保管する道具です。こうしたポジャギの機能から私の作業は始まりました。」
多様な人々の物語を一まとめにして保存するという意味から出発したパク・ヨンイルの「ポジャギ」作業は、その後さらに進化を遂げた。互いに異なる考えや意見を融合させるという、和合の意味が加えられたのだ。伝統的なポジャギの意味が、時代精神を込めるメタファーの役割を果たしているといえる。多様なオブジェと絵画で美しい組み合わせを演出するパク・ヨンイルのポジャギ絵画が、より一層新鮮に映る今日この頃である。