[비즈한국] 「共にすることの価値」という言葉がある。10年ほど前、ある企業のイメージ広告に登場した言葉だ。共に歩む力が世界を変えられるという意味を込めた、素晴らしいコピーだ。「共にすること」は共感あるいは疎通を意味し、この力によって新たなパラダイムを創り出すことができる。芸術もまた、人々の共感を得たときに初めて価値を持つ。共感は、時代精神と普遍的な芸術言語から生まれる。「韓国美術応援プロジェクト」も、多様な人々の考えを分かりやすい美術言語で提示したいと考えている。シーズン10を迎えるにあたり、孔子が言った「良き芸術は必ずや分かりやすいものであるべきだ」という思想を実践しようとする作家を応援したい。

20世紀は「美術の百貨店」と呼べるほど、多様なイズム(主義)の美術が花開いた。美を見つめる様々な観点をすべて受容したからだ。理由は様々だが、これらすべてを貫くキーワードは「新しさ」であった。
その中でも、現代美術の領域を広げる上で多大な功績を残したものの一つが「概念美術」である。作品の完成度よりも、思考そのものを芸術と見なす傾向のことだ。アイデアこそが芸術になり得るという考えは、美術の土壌を豊かにする原動力となった。
概念美術の出発点を作ったのはマルセル・デュシャン(1887-1968)だ。人生の大半をプロのチェスプレイヤーとして過ごしたデュシャンは、たった一つの奇抜なアイデアで、現代美術に最も大きな影響を与えた人物となった。使用目的が明確な既製品に新たな意味を付与し、芸術品に仕立て上げるという、一見すると荒唐無稽な発想だった。


デュシャンのアイデアを具現化した作品は、当時の美術界を衝撃に陥れた。「リチャード・マット」という男性用便器メーカーの商品を買い取り、展示場(1917年にニューヨークで開催されたアンデパンダン展)に設置して『泉』というタイトルを付けたのである。出品作家も「リチャード・マット」と偽って。しかし、この作品は卑猥であるという理由で展示されなかった。おそらくデュシャンが予見していた通りの論争だったのだろう。議論が続く中で、『泉』は西洋現代美術において最も有名な作品となった。
便器は、工場で生産されトイレに設置されるまでは、単なる丸い形のセラミックの物体に過ぎない。用途が与えられる前の物体だからだ。これを美術では「オブジェ」と呼ぶ。デュシャンはここに「泉」という概念を注入した。これによって、厳かに照明を浴びて展示された便器は、「泉」という芸術作品として生まれ変わることができた。
もしデュシャンが『泉』という名前を付けず、『帽子』のようなタイトルで発表していたら、20世紀で最も有名な現代美術作品となったその便器は『帽子』として知られていただろう。
デュシャンは、数千年もの間続いてきた芸術神秘主義に一石を投じたと言える。芸術的という概念がいかに虚しいものかを見せつけたのだ。デュシャンの奇抜なアイデアのおかげで、20世紀の美術家たちは、手間暇かけて制作しなくても称賛される作品を生み出せるようになった。

このようにして始まった概念美術は、多くの作家をスターへと押し上げた。代表的な人物がポップアート作家のロバート・インディアナだ。概念を直接的に示す言語を物理的な図像に落とし込み、世界的作家となった。彫刻として広く知られる『LOVE』がそれである。この作品は、韓国内でもビルやホテルのロビーなどで目にすることができる。
ハ・サアンもまた、言語を用いたアイデアで概念的な絵画を見せている。言語が持つメッセージを視覚化する作業だ。彼はこの時代の様々な問題を文字絵として取り上げる。戦争や環境といった重いテーマから、大衆歌の歌詞のような甘いメッセージまで多様だ。
しかし、彼は言語が示す概念にとどまらない。自ら開発した色砂を用いて物質性を強調している。概念と物質の境界線において、新たな概念絵画を試みているのである。